ご主人 |
「家内の病は、大変珍しい病気で、いわゆる難病でした。家内も色々と苦しい思いをしましたが、最後は、苦しみを和らげる薬を注射することに同意をしました。医者からは、おおよそ五日間かけて楽にしていきましょうと言われました。医者が言った通りに、薬を注射して、ちょうど五日後に、家内は亡くなりました。注射を打つときは、私だけが病室に残りました。若い看護婦が注射をしましたが、上手く注射ができず、ベテランの看護婦が代わって注射をしてくれました。注射を打つ看護婦にも相当な動揺があったように思います。腕を差し出す家内の気持ちを考えると、不思議です。自分だったらあんな風に冷静に注射を受け入れられないと思います。でも、家内の最後をみていると、人間というのは、こんなに変われるものかと思いました。」
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住職 |
「どんな風に変わられたのですか?」
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ご主人 |
「注射を打ってからの五日間は、全く不足を言わなくなりました。本当に穏やかに五日間を過ごしておりました。どうしてあんな風に、穏やかに死を受けいれることができたのか、不思議でなりません。」
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住職 |
「本当に死と直面すると、普段、気づかなかったことに気づけたりするのではないでしょうか。それと、なによりも、奥様は、死を前にしても安心できるものをお持ちだったのではないですか?」
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ご主人 |
「詳しいことは、私には分かりませんが、注射を打ってからの五日間、仏法について話すことはありませんでしたが、ただ、ベッドの上でお念仏はよく称えていました。人間、宗教的なものを持たないと本当に生きることも死ぬこともできないなと思いました。いくらお金があっても、家内のようになれば、役には立ちません。私と家内とは、幼馴染です。子どもの頃、よく一緒にお寺の日曜学校で遊んだものです。二人とも、あの頃は、お正信偈を全部覚えていました。その後、戦争があったり、いろんなことがあって、仏法のことを忘れていましたが、この歳になると、やっぱりあの頃のことが蘇ってくるんです。ありがたい環境で自分達は、育ててもらったなと思います。」
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住職 |
「如来様のお手回しがあったんですね。」
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