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平成29年7月
 先日、ある御門徒宅に七回忌のご法事の案内をいただき、お参りさせていただいた時のことです。仏間に上らせていただき、はじめて気が付きました。そのお家には、お仏壇がなかったのです。亡くなられた故人には、お子様がいらっしゃいませんでした。亡くなられた時、故人からすると本家を継がれている甥にあたる方が、喪主となり、葬儀が勤められたのです。それ以後、一周忌も三回忌も、お仏壇のある本家で故人のご法事が勤められてきました。しかし、この度は、故人その人の思い出が残る故人のご自宅でご法事をお勤めしたいというご案内だったのです。
 そういう事情もあり、住職もうっかりしていたのです。ご案内をいただいた時、そのお家にお仏壇がご安置されているかどうか確認しておくべきでした。仏間には、故人の位牌と遺影がご安置され、仏花とお灯明がお供えされているだけでした。小さなご本尊(阿弥陀如来様)をお寺まで取りに帰ろうかと考えた時、ふと、床の間に蓮如上人が書かれた「南無阿弥陀仏」の複製のお軸が掛けられてあるのが目に入ったのです。その瞬間、ご本尊がいらっしゃったことに、ほっと安心させていただいたことでした。蓮如上人の字で「南無阿弥陀仏」と書かれたそのお軸の前に、仏花とお灯明をお供えしていただき、そのお軸をご本尊として、無事にご法事をお勤めさせていただきました。
 後で奥様からお聞きすると、そのお軸は、ご近所の御門徒さんからお借りしたものだったそうです。故人のご自宅で一度、ご法事をお勤めできないかと考えた時、やはり、お仏壇のないお家でご法事が勤められるのかどうかが心配だったそうです。そこで、よくお寺にお参りしているご近所の御門徒さんに相談したところ、そのお軸を貸してくださったということでした。「南無阿弥陀仏」のお軸が、お仏壇の代わりになることを御存じの御門徒さんがいらっしゃったことに、うれしい感動を覚えたことでした。
 「ご本尊」というのは、「根本的に尊いもの」という意味です。根本的に尊いものですから、私の生と死の本当の拠り所となっていくものです。浄土真宗のみ教えを仰ぐものにとって、そのご本尊は、阿弥陀如来様です。どんな小さな命をも深く慈しみ、生きとし生けるものの輝きを受け止め、命を懸けて、どんな深い悲しみをも引き受けていこうとする、そんな大きく深い慈悲の働きを最も尊いものとするのが、浄土真宗のみ教えです。一方、世間一般では、自分の都合を叶えてくれる経済力や社会的な地位や名誉をご本尊としています。ですから、大切な経済力や地位や名誉を根こそぎ奪っていく死が、何よりも恐ろしく不気味なものとなるのです。そんな拠り所を失った死者もまた、不気味で哀れなものとして映るのでしょう。故人に手を合わせるというのも、そんな哀れみと不気味さの中で手を合わせている人が、案外多いのかもしれません。
 浄土真宗の法事は、故人に手を合わせるためのものではありません。悲しみや苦しみを抱えて生きる娑婆世界に残された私たちが、改めて、何が尊いものであるのか、何を大切にして生き死んでいくべきであるのかを、仏様のみ教えの中に聞かせていただき、確認をさせていただくのが、法事なのです。その法事のご縁を、故人が命がけで私たちのために結んでくださったのです。ですから、故人の遺影や位牌があっても、手を合わせ頭を下げ、仰ぎ尊んでいく阿弥陀如来様がいなければ、法事や仏事は成り立たないのです。
 阿弥陀如来様の絵像は、形でもって、私達に尊ぶべき慈悲の働きを示してくださっているものです。しかし、実際には、あのお姿が、私の目の前に現れて、私を導いてくれるのではありません。実際に私の前に現れ、私の生と死を導いてくれるのは、南無阿弥陀仏という私の声となり寄り添ってくれる言葉の仏様なのです。南無阿弥陀仏は、この言葉の響きの中に、無限の慈しみの心が込められています。「お母さん」と口にすると、お母さんの面影や温かい雰囲気が、心の中に満ちていくように、「南無阿弥陀仏」と口にすると、お寺でのご法座の温かい雰囲気や仏様を大切にしていた父や母、祖父母の柔らかい雰囲気が心の中に満ちていきます。お念仏の日暮らしは、お寺でのお聴聞がセットでなければなりません。教えを聞く中で、お念仏の日暮らしを送らせていただくと、何でもない毎日の中で、様々な気づきをさせていただきます。お念仏に教えられ、育てられるということが、実際にあるのです。
 「南無阿弥陀仏」という文字が、ご本尊になるというのは、まさしく、それが、迷える私を導いてくれる阿弥陀如来様の実際のお姿だからです。法事を勤めるときは、床の間には、「南無阿弥陀仏」のお軸を掛けるように、先人から教えられた方も多いのではないでしょうか。それは、先人の方々が、お念仏の響きの中でお勤めするご法事を、大切にされていたということでしょう。今に生きる私達も、お念仏の響きを尊ぶ、有り難いご法事をお勤めさせていただきましょう。
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