New 「煩悩を断ぜずして涅槃を得る」

先日、大変お念仏を喜ばれた御門徒のお一人が、御往生されました。その方のお念仏の声が、もう聞けなくなることを思うと、大変寂しい気持ちがします。お盆やお取り越し報恩講のご縁にお参りに上がらせて頂いた時も、お勤めの後は、世間話はほとんどなく、いつも仏法の味わいをしみじみと語ってくださいました。沈黙されることが、ほとんどありませんでした。お話が途切れると、「なんまんだぶ、なんまんだぶ・・・」と、自然とお念仏が口から溢れておられました。まさしく、お念仏に抱かれ、仏様と共に掛け替えのない人生を生き抜かれた念仏者でした。

その方が、特に繰り返し味わい喜んでおられた蓮如上人のお言葉があります。それは、『御文章』の「信心獲得章」と呼ばれるものの中の次の一節です。

 「されば無始以来つくりとつくる悪業煩悩を、のこるところもなく願力不思議をもつて消滅するいはれあるがゆゑに、正定聚不退の位に住すとなり。これによりて『煩悩を断ぜずして涅槃をう』といへるはこのこころなり。」

いつも、この方のお宅で『御文章』を拝読させていただく機会があるときは、この「信心獲得章」を、できるだけ拝読するようにしていました。最初から最後まで拝読するのに、約三分~四分程度かかります。普通、『御文章』を拝聴される時は、誰もが頭を垂れ、沈黙されます。その方も、頭を深々と垂れ、黙って拝聴されておられましたが、先の一節の部分になると、決まって「なんまんだぶ、なんまんだぶ・・・」とお念仏の声が溢れておられました。特に、「これによりて『煩悩を断ぜずして涅槃をう』といへるはこのこころなり」の一文になると、お念仏の声が大きくなっておられました。その大きく響くお念仏の声の中、拝読する住職も、蓮如上人のお言葉に込められた深い意味を、改めて大切に聞かせていただいたものです。

「煩悩を断ぜずして涅槃を得る」、この一言の中には、仏道と真摯に向き合う者にとって、金を掘り出すような尊い意味が込められているのです。「涅槃を得る」とは、「悟りを開く」ということです。「悟りを開く」というのは、お釈迦様のような仏様に成るということです。仏教とは、本来、お釈迦様のような仏様に成ることの正しさを教え、その仏様に成るための道を教えるものです。仏様とは、どんな命も無条件に慈しみ、あらゆる悲しみを引き受け、あらゆる命と共にありつづけるような存在です。そこには、愚痴も不満もありません。澄み切った心の状態がぶれることもありません。愛と憎しみも超えていきます。生と死の壁もありません。私達には、想像できない深い境地が悟りの世界です。仏様のみ教えと真摯に向き合うということは、その境地に至る道と向き合い、その境地とは、ほど遠い自分自身の愚かな姿としっかり向き合うということです。

仏様と私との決定的な違いは、煩悩です。私を煩わせ悩ますものです。煩いと悩みを持つ者は、仏様ではありません。凡夫です。そして、私を煩わせ悩ますものの正体は、私の心なのです。自分自身を愛し、自分自身の都合を邪魔する者を憎んでいく私の根性が、私自身を煩わせ悩ますのです。お釈迦様以来、約二千五百年の間、真摯な仏道修行者達は、この自分自身のどうしようもない根性と格闘してきたのです。
仏道というのは、本来、仏様の尊さを知らされると同時に、煩悩を抱える自分自身の愚かさを知らされ、そして、「煩悩を断じて涅槃を得る道」を力強く歩むことをいうのです。その仏教の大原則の中、親鸞聖人は、「煩悩を断ぜずして涅槃を得る道」を明らかにされました。どうしようもない煩悩を抱えた私も、阿弥陀如来から願われている掛け替えのない仏の子であることを教えてくださったのです。人生における煩いや悩みも、掛け替えのない私自身です。仏様が、無条件でどんな命も慈しみ、あらゆる悲しみを引き受けてくださる存在であるなら、煩悩を抱える仏様でない私は、このまんまで仏様から深く慈しまれ悲しまれる存在なのです。その深い慈しみと願いが、言葉になり働きとなって、私に満ち満ちてくださっているのが南無阿弥陀仏のお念仏です。南無阿弥陀仏のお念仏は、どうしようもない煩悩を抱える私に、阿弥陀如来の深い慈愛の中にあることを知らせ、私を決して見捨てない本当の親がましますことを聞かせてくださる阿弥陀如来の呼び声なのです。

お念仏の声の中に、人智を越えた深い心が響いているのです。新型コロナウイルスの影響で法座のない月日が続きます。自らが称えるお念仏の声を大切に聞かせていただきましょう。

2020年5月1日

「仏教的価値観」

【住職の日記】

先日、ある方から、興味深いお話を聞かせていただくことがありました。それは、動物の命についてのことです。現在、世界的に、動物愛護の意識は高まっています。しかし、人間以外の動物の命も大切だとする点では共通していたとしても、世界の人々によって、その捉え方は様々だといいます。その価値観の違いを形作るものは、やはり宗教の違いだそうです。

キリスト教文化圏の人々がもつ価値観は、人間以外の動物の命も大切だとしますが、そこには、どうしても人間と人間以外の動物との間に大きな隔たりがあるといいます。たとえば、動物の子どもを人間が育てる時、キリスト教文化圏の人々は、動物を叱りつけることを嫌う傾向があるといいます。それは、動物というのは人間とは異なり、叱りつける奥にある愛情を感じることが出来ず、ただ苦しみを感じるだけだという考えがあるからです。一方、仏教文化圏の人々がもつ価値観は、人間と人間以外の動物との間に、隔たりがあまり感じられないといいます。動物を育てるときにも、愛情を持ちながら、時には褒め、時には叱りつけ、自分の子どもを育てるように育てていくそうです。どちらも、動物の命に思いやりをもち、その命を大切にしていく点では、共通しています。

しかし、この微妙な命に対する価値観の違いが、大きな問題になることがあるのです。その一つが、鯨漁の問題です。日本の鯨漁は、世界の人々から、大きな批判を受け続けています。日本の人々からすると、牛や豚を食肉とする西洋の人々が、なぜ、鯨になると、あそこまで批判してくるのかが理解できません。ここにも宗教観の違いがあるのです。キリスト教文化圏の人々は、牛や豚は、人間とは大きな隔たりがあると考えています。牛や豚の命が、大切でないとはいいませんが、少なくとも、人間の命と比べたとき、人間の命の方が大切だという価値観はもっていると思います。しかし、鯨は、牛や豚よりも、人間に近い動物だと考えているのです。人間に近い感情を持ち、人間の仲間になれる高等な動物なのです。ですから、鯨漁は、人間に近い動物を虐殺する残酷な行為として許すことができないのです。

仏教文化圏の人々からすると、牛や豚は、殺してもよくて、鯨は、殺してはいけないという価値観が、理解できません。それは、命を見つめる価値観の根底に、縁起という仏教思想が流れているからです。お釈迦様の悟りの内容は、この縁起の道理だと言われます。この道理を体得することが、悟りなのです。縁起というのは、縁って起こるという意味です。この世界のあらゆるものは、独立して存在することはありえません。すべてのあらゆるものは、どこかで支え合い、補い合いながら存在しています。私という言葉も、私以外のものが存在しなければ、成立しません。その意味では、あなたと呼べる存在によって、私という言葉が存在しているのです。あなたなしに私は存在しえないということです。

これを突き詰めていくと、無数の命と無数の出来事が無数に折り重なって、私というものが存在しえているのです。あらゆるものは、どこかで繋がりを持っており、この世界で、私と関係のないものなど一つとしてない、という世界を体得しておられるのが、仏様と呼ばれる存在です。体得するというのは、頭で理解することではありません。実感として、その世界を感受していくことです。縁起を体得した仏様には、大慈悲と呼ばれる、無限の繋がりをもった無限の命を、自分のこととして慈しみ深く悲しんでいく清らかな心が起こっていきます。あらゆる命が、自分のことのように愛おしいのです。そこには、自分と自分以外の区別すら存在しません。あらゆるものが、自分であり、あらゆるものが尊い輝きを放っています。

私達には、その世界を聞いて、なんとなく理解することが出来ても、その世界を体得し、大慈悲という心を起こしていくことはできません。どこまでも、自分と自分に関係する者が愛おしく、それ以外には、冷酷なのです。しかし、そんな私達が、命を区別することに違和感を感じるなら、それは、私達の上に、仏様の大慈悲のお心が響いているということです。仏様の眼差しが、私達を育ててくださっているということでしょう。

自分では当たり前に思っていることも、他と比較すると、当たり前でないことに気づくことがあります。知らず知らずのうちに、仏様の働きの中で育てられているということも有り難いことです。今後、ますますグローバルな時代が訪れてくることでしょう。知らず知らずに私達に根付いている仏教的価値観も大切にしたいものです。

2020年4月1日

「ちしき」

【住職の日記】

先月から、中国を中心に新型コロナウイルスが、世界で猛威を振るっています。日本でも、日々、感染者が増えている状況です。目に見えない小さなウイルスが、世界中の人々に大きな不安をもたらしています。病というのは、お釈迦様がお示しくださる人間の根本苦の一つです。生あるものにとっては、誰もが例外なく病の苦しみを背負っていかなければなりません。逃れられない根本苦だからこそ、この度の新型コロナウイルスも世界中で一大事となっているのでしょう。

このようなウイルス性の病が流行すると、いつも妙好人浅原才市さんの詩が思い出されます。浄土真宗の御門徒の方々の中には、妙好人(みょうこうにん)という言葉で讃えられる方々がいます。阿弥陀如来のお浄土に咲く妙なる花を妙好華と言いますが、妙好人と讃えられる方は、まさしく、お浄土の清らかな輝きを、この娑婆世界において放つような、妙なる方々のことです。その妙好人と讃えられた方のお一人が、浅原才市(あさはらさいち)さんです。島根県の温泉津町という小さな田舎町に暮らした方で、幕末の嘉永三年に生まれ、昭和七年に八十三歳の生涯を閉じています。船大工や下駄作りを生業とし、仏法聴聞を人生の中心にして生き抜いた方でした。文字の読み書きは元々できなかったそうですが、大工仕事をしているうちに、見よう見まねで、平仮名に片仮名を混ぜて、どうにか文字が書けるようになっていったそうです。下駄を削りながら、道を歩きながら、お寺にお参りしている時など、その時その時に心にフッと浮かんだ仏法の味わいを、書き留めるようになっていきます。自由に書き留められたその深い味わいは、優れた宗教詩として、死後三十年以上経って、東京大学の鈴木大拙博士によって世界的に紹介されるようになります。現在、島根県温泉津町には、その威徳を慕い、浅原才市像が建てられています。
浅原才市さんが、熱心に足を運びお聴聞をした安楽寺には、才市さんの宗教詩を刻んだ句碑が建てられています。そこに刻まれている次の宗教詩が、いつもウイルス性の病が流行すると、思い出されるものです。この詩は、あの北原白秋が目にして、その天才的な詩的才能に驚愕したと伝えられています。

「かぜをひくと せきがでる
才市がご法義のかぜをひいた
念仏のせきが でる でる」

 短い詩ですが、深いお念仏の味わいが、豊かに表現されています。ウイルスという人の眼には見えないものの働きが、風邪という病の症状を引き起こしていきます。風邪にかかると出る咳は、私の意思の力で出しているものではありません。眼に見えないものの働きによって、出てしまうものなのです。出したくなくても喉の奥から込み上げるように出てしまう咳は、私が、風邪をひいた証拠です。同じように、本来、お念仏を称えるはずのない私の口に、南無阿弥陀仏とお念仏が出てくださるのは、私のことを深く願ってくださる阿弥陀如来のお慈悲の風邪をひいた証拠なのです。風邪をひき、咳き込む苦しさの中に、ふとお念仏の尊さを味わい、書き留められた詩なのでしょう。病という苦しみが、仏法を味わう尊いご縁になっておられることが分ります。
お釈迦様は、生老病死という逃れることのできない人間の根本苦を越えていく道を仏道という形で教えてくださいました。しかし、それは決して根本苦から逃げる道ではなかったのです。苦しみを抱えるまま、本当の仏道を歩む人には、その苦しみの中に尊い意味を味わう世界があるのです。浅原才市さんは、次のような詩も詩っておられます。

「世界のものが ことごとく
ちしきに変じて
これをわしによろこばす」

「ちしき」というのは、善知識、私を正しい方向へ導いてくださる仏教の先生のことです。人生には、私の都合を喜ばせる順縁となる人々、逆に、私の都合を邪魔し苦しめる逆縁となる人々がいます。また、人だけではありません。様々な出来事や、ウイルスのような眼には見えないものまで、順縁と逆縁があります。しかし、善きにつけ悪しきにつけ、苦しみ楽しみにつけて、あらゆるものが、私にお念仏を喜ばせてくださった人生の尊い教師であったと合掌してゆける心の視野が開かれているのです。これこそが、根本苦を超えていく真実の仏道を歩んでいる仏教徒の姿といえるでしょう。

どんな思いがけないことが起こっても、それもお念仏の尊いご縁として、大切にさせていただきましょう。

(令和2年3月1日)

2020年3月1日

「お念仏を仰ぎ聞かせていただく毎日」

【住職の日記】

今年も、親鸞聖人の御正忌報恩講が、三日間にわたり、無事勤まりました。報恩講は、親鸞聖人の祥月命日に、聖人の御遺徳を偲び、そのご恩に報いるためにお勤めする、浄土真宗門徒にとって最も大切な御法要です。何が親鸞聖人のご恩に報いることになるのかといえば、それは、大変なご苦労の中で明らかにしてくださったお念仏のみ教えに、一人一人が出遇わせていただくことです。

今年の御正忌報恩講も、三日間で延べ300人~350人の方々がお参りくださいました。下は小学生から、上は九十歳代の方まで様々です。人の人生は、掛け替えのないものです。小学生には小学生の喜びと悲しみがあります。九十歳には九十歳の喜びと悲しみがあります。それぞれが、人には分らない、自分だけの生と死を抱えています。その千差万別の生と死を、同じように優しく包み込んでいく働きが、お念仏だと思います。たくさんの方々のご苦労の中で御正忌報恩講のご縁が整い、色んなものを抱える一人一人が、一同に本堂に集まり、同じお念仏に包まれていく姿は、浄土真宗門徒にとって、やはり最も大切にすべきものだと思います。

三日間の中では、朝から夜まで法座の席に着き、和やかにお聴聞くださった中学生の子どもや、お体の悪い中、杖をつきながらお参りくださるご年配の方など、正法寺門徒の有り難いお姿に、たくさん出遇わせていただきました。人が、仏様の言葉を聞く姿というのは、立場や年齢に関係なく本当に尊いものだと思います。人は、誰もが自分が中心です。自分の思いや価値観を主張することは、誰もがすることです。しかし、自分の思いや価値観と異なるものに耳を傾けるというのは、大変、難しいことだと思います。その難しいことをさせていただけている姿の上に、不思議な如来様の働きと、親鸞聖人のご苦労を偲ばせていただくのです。

親鸞聖人が歩まれたお念仏の道は、自分を空しくして、如来様を仰ぎ、そのお心を聞き続けられた道です。親鸞聖人のお念仏は、口に称えるという行為よりも、口に称えられたお念仏を、大切に耳に聞かせていただくところに重要な意味があります。お念仏は、その声を聞かせていただくことが大切なのです。南無阿弥陀仏を通して、何を聞かせていただくのか、それは、阿弥陀如来の温かい慈しみと深い悲しみです。お念仏を聞かせていただくことを通して、私と私以外の様々な命が、仏様から深く願われている掛け替えのない尊さをもっていることに目覚めていくのです。

親鸞聖人が最も大切にされた、この「聞く」ということについて、この度の報恩講で、改めてその意味を教えていただくことがありました。三日目の御満座でのことです。御講師の先生は、御法話の最後に必ず蓮如上人の『御文章』を拝読されます。『御文章』というのは、浄土真宗のみ教えを広く伝えられた蓮如上人の御法話が文字で表されたものです。浄土真宗本願寺派の御法話の作法として、最後に御講師も一緒に、蓮如上人の御法話をお聴聞して御法座を閉じるのです。御講師の先生が、御満座の最後に『御文章』を拝読されていた時でした。お耳の遠いご年配の参詣者の方が、頭を下げられたまま、御講師の先生と一緒に、『御文章』のお言葉を、声に出されたのです。これまで何度も何度も、その蓮如上人のお言葉を耳に聞き、味わってこられたのでしょう。思わず声に出されたご様子でした。ご本人自身も、声に出されたことを気付いておられないかも知れません。多くの参詣者の方々が、静かに頭を下げ御拝聴されている中、御講師の先生の声と一緒に聞こえてくる、その方の『御文章』の声は、大変ありがたい響きをもったものでした。

思わず声に出るというのは、その言葉が、その人の命を潤すものだからでしょう。言葉が、心を満たしていくのです。どれだけ耳の遠い人であっても、自分の声は聞こえます。全く聞こえない人であっても、声が言葉にならない人であっても、自分の心が語る声は聞こえるのです。阿弥陀如来様の温かい慈しみと深い悲しみが、南無阿弥陀仏の言葉になったということの意味は、ここにあると思います。阿弥陀如来様は、私の声になってくださったのです。何度も何度も私の声になり、最後には、私が思わず声に出し聞かずにはおれない、深い愛と慈しみを私の人生に満たしてくださるのでしょう。

親鸞聖人は、その厳しい九十年の御生涯を通じて、たとえ厳しい生涯であったとしても、私がそのままで尊いと輝いていくことのできる道を示してくださいました。本年も、お念仏を仰ぎ聞かせていただく毎日を大切にさせていただきましょう。

(令和2年2月1日)

2020年2月1日

「十方衆生」

【住職の日記】

令和になって初めてのお正月をお迎えしました。お互いに明日も知れない命を頂いています。今年も、大切にお念仏薫る日暮らしをさせていただきましょう。

さて、先日、『基礎からはじめる真宗講座』において、「十方衆生」というお経の言葉について、少しお話をさせていただく機会がありました。お話を準備させていただく中で、改めて、仏様の言葉の中に込められている命の深みについて、考えさせられたことでした。

「十方」というのは、東西南北の四方に東北・東南・西南・西北を加えた八方、そして、それに上方と下方を加えたものです。あらゆる空間の総称です。「衆生」というのは、あらゆる命あるもののことです。「十方衆生」というのは、あらゆる空間に存在するあらゆる命あるもののことをいいます。
この「十方」というあらゆる空間について、古代インドの仏教徒達は、現代の日本人には持ち得ない広大な世界観をもっていました。まだ天文学や宇宙物理学が発達していなかった古代のインド人達は、私達が認識しうる限りの世界を須弥山世界(しゅみせんせかい)と呼んでいました。詳しい説明は省略しますが、私達が世界として認識している太陽や星や月、雲や風、海や川、様々な動物や植物などは、須弥山という聖なる山を中心にして展開している世界と考えていたのです。そして、古代のインド人達は、須弥山世界は、一つではないと考えていました。つまり、自分達が認識しうる世界が、全てではないと考えていたのです。その世界観は、広大無辺なものです。須弥山世界が千個集まって構成される世界を小千世界といいます。その小千世界が千個集まって構成される世界を中千世界といいます。その中千世界が千個集まって構成される世界を大千世界といい、その世界は須弥山世界が千の三乗個集まったものですから、三千大千世界と呼んだのです。この「三千大千世界」という言葉は、年回忌のご法事で、住職とご一緒に拝読する『仏説阿弥陀経』の中に何度も出てくる言葉ですので、見覚えのある方も多いかと思います。そして、この三千大千世界が、お釈迦様のご教化の及ぶ範囲と考えられていました。しかし、この三千大千世界は、世界全体のほんの一部にしか過ぎません。十方というあらゆる空間には、この三千大千世界が無数に存在しているというのです。無数にある三千大千世界には、それぞれ、お釈迦様のような仏様が無数に存在し、それこそ無数に存在する生きとし生けるものを導いている、というのが、古代インドの仏教徒たちが持っていた世界観でした。ガリレオ・ガリレイが地動説を唱えたのは、西暦1600年代初頭です。そのはるか2000年も前に、古代インドの仏教徒達は、自分達の認識を遥かに超えた広大無辺な世界の中に、自分達がいることを感受していたのです。

阿弥陀如来が紡ぎだされた「十方衆生」という言葉には、私達の認識を遥かに超えた無数の命を深く慈しみ、悲しんでいく、広大無辺な心が込められています。広大無辺な世界を知り尽くすことができないように、その広大無辺な世界に存在するあらゆる命を願ってやまない広大無辺な心も私達には知り尽くすことはできません。しかし、知り尽くすことのできない世界や心に触れ得ることが幸せなことなのです。それは、頭が下がるものに出遇う幸せです。

想定外という言葉が、震災以降、日本社会で多く使われるようになりました。しかし、震災以前も、私達は、想定外の中に生きていたのです。それぞれ、自分の人生も想定外のことだらけです。想定内の中で生き死んでいく人はいません。みんな想定外の中を生き抜いているのではないでしょうか。仏様は、みんなが恐れている想定外の中に、尊いもの、人として触れていかなければならない大切なものがあることを教えてくださってあるのでしょう。想定外なものによって、私達は、願われ生かされているのです。

驚きのない毎日ほど、無感動で虚しいものはありません。お釈迦様に直接お会いした古代インドの仏教徒達は、その計り知れないお心とお姿に、これまで誰も経験したことのない強い衝撃と驚きを感じたに違いありません。その衝撃は、仏教という形で世界中に広がっていき、三千大千世界にまで及ぶと考えられたのです。人は、自分が正しいと思い込んでいく迷える凡夫です。ちっぽけで何も知らないにも関わらず、何もかも分かっている優れた存在と思い込んでいくのです。思い込みの中に沈む私達に、驚きと目覚めをもたらしていくのが、仏様の真理に基づいた言葉なのでしょう。

今年も、仏様の尊い言葉を大切に求めていく毎日を送らせていただきましょう。

(令和2年1月1日)

2020年1月1日

人は、本物に触れるとき、永い夢から目覚める

【住職の日記】

先日、ある御門徒の方から、念仏者であったお祖父様のお姿について、次のようなお話を聞かせて頂きました。

 「私の祖父は、本当に仏様中心の生活を送っていた人でした。家に帰ってきたときには、玄関でまずお仏壇の方に向かい手を合わせていました。家の廊下を歩いている時でも、お仏壇の脇を通るときには、必ずお仏壇の方に向かい手を合わせていました。外で仕事をするときも、度々、手を止めては手を合わせていました。私が、今、手を合わす身にさせていただいているのも、幼少期に心に焼き付いた祖父の姿があるからだと思います。」

本来、仏教徒というのは、仏様を最も価値あるものと認め、仏様を仰ぎながら日暮らしを送る人々のことをいいます。何に最高の価値を認めていくかによって、宗教の姿は変わっていきます。仏教徒といいながら、仏教徒の姿とはほど遠い姿の人々が多いのも現実です。しかし、これは、仏教徒に限ったことではないようです。先日、三八年ぶりにローマカトリック教会のフランシスコ教皇が来日されました。イエス・キリストの教えに裏打ちされた、その穏やかな言葉と振る舞いに、感銘を受けた方々も多いのではないでしょうか。しかし、世界人口の二割の人々が信者だとされるカトリック教会においても、キリスト教徒の本来の姿が崩れつつあることが、大きな問題になっているといいます。

本来の宗教性が、世界から消失していく現実は、世界が大きな病に罹っているようなものかもしれません。そもそも、本当の宗教性とは何かが、非常に分りにくくなっています。先日、あるテレビ番組で、宗教学者の先生が、宗教が世界の中で力を失っている理由を、スマートホンなどを媒体としたインターネットの普及にあると解説していました。つまり、現代は、人が孤独や不安を抱えても、ソーシャルネットワークで様々な人々と繋がることで孤独が解消され、インターネットで様々な情報を簡単に手に入れることで、不安を解消できる社会だというのです。その先生は、スマートホンが、宗教の代わりを果たすようになっていると説明しておられました。しかし、スマートホンで代わりが果たせるようなものは、本当の宗教ではないと思います。

正法寺にも何度か御講師として来られ、昨年一月に八十八歳で御往生された大阪大学名誉教授の大峯顕先生は、「人生いかに生き、いかに死ぬべきか」という問題に答えないのは本当の宗教とはいえないとおっしゃっています。「生きるも死ぬも宗教の教えによって一貫しております」と言える人が、本当の宗教をもっている人だといいます。多くの人は、病気のときや商売で困っているときは、神様や仏様にお願いはするけれども、それが元に戻れば、もう神様も仏様もいらない、という宗教の態度をもっているのではないでしょうか。それは、結局のところ、人間の願望や力を信じているだけです。自分の願望や力が満たされることが、人生の最高の幸せだと認めているのです。しかし、人生において、その最高の幸せは、必ず老・病・死によって無残に奪われていかなければなりません。無残に奪われていく中には、真の平和はありません。スマートホンを駆使することによって、老いることに平和でいられるでしょうか。インターネットの情報を駆使することによって、死ぬことに平和でいられるでしょうか。死んでいくときは、ソーシャルネットワークも、その孤独を癒やすことはできないでしょう。何が人間の本当の幸せであるのかは、人間には分らないことです。何も分らないまま生まれてきたのです。何も分らないまま死んでいくのでしょう。

人の欲望は、決して人を幸せにはしません。人の願いを叶えようと近づいてくるものは、仏様ではなく悪魔です。仏典の中でも、悪魔は優しい顔をしています。多くは、その悪魔にそそのかされ、本当の幸せを見失っていくのです。

しかし、この世界は、悪魔だけがいるのではありません。人生において大切にすべきことが何であるのかを、様々な姿で、私に教えてくださる仏様の化身のような働きがあります。仏様に手を合わせ、思いのままにならない厳しい人生を、平和に生き抜いた多くの尊い念仏者の方々も、そのお一人でしょう。

お釈迦様は、悟りを開かれたとき、目が覚めたと表現されました。人の願望や力を信じている人は、夢の中にいるようなものなのでしょう。人は、本物に触れるとき、永い夢から目覚めるのです。本物を遺してくださった多くの先人の方々に感謝しながら、大切に手を合わせる毎日を過ごさせていただきましょう。

(令和元年12月1日)

2019年12月1日

十六人で大切にお勤めされる報恩講

【住職の日記】

先日、浄土真宗本願寺派の布教使として、全国の様々なお寺に出講している友人から色んなお話を聞かせていただく機会がありました。同じ浄土真宗本願寺派のお寺でも、その姿は様々だといいます。その中で、御門徒わずか八軒で支える、ある過疎地域のお寺についてのお話が印象的でした。そのお寺では、御門徒八軒が協力し合い、報恩講を二日間にわたってお勤めされるそうです。参詣者は、必ず十六人だといいます。八軒の御門徒が、それぞれ必ずご夫婦でお参りされるからです。増えることも減ることもなく、二日間、十六人の参詣者のなかで、親鸞聖人の御遺徳を偲ぶ報恩講が、毎年、勤められているということでした。

最近、全国のお寺が消滅していくという話題をよく耳にします。急激な人口減少に伴い、過疎地のお寺が消滅していくのは、致し方のないことかもしれません。しかし、お寺にとって最も恐れなければならないのは、人が来なくなることではありません。たとえ、八軒の御門徒であっても、そこで本物のみ教えに出遇い、報謝の念仏が響くのであれば、立派なお寺としての存在意義があるのです。お寺は、世俗の価値観の中で営まれるビジネスではありません。この最も大切な点が、現在、社会的に非常に分りにくくなっていると思います。

本願寺中興の祖と讃えられる蓮如上人が書かれた『御文章』の中に「雪中章」と呼ばれているものがあります。この「雪中章」は、蓮如上人が没落していた本願寺の第八代目の御門主に就任し、約一〇年が経過した頃に書かれたものです。この時、没落していた本願寺教団は、蓮如上人の御教化によって、まさしく生まれ変わろうとしていた時期でした。北陸の吉崎という地に坊舎を構えた蓮如上人のもとに、数え切れない人々が、各地から群れをなして参詣に来るようになります。「雪中章」は、まさしく本願寺教団が、そのような上り調子のただ中にある時に書かれたものです。そこには、次のようにあります。

「加州・能登・越中、両三箇国のあひだより道俗・男女、群集をなして、この吉崎の山中に参詣せらるる面々の心中のとほり、いかがと心もとなく候ふ。そのゆゑは、まづ当流のおもむきは、このたび極楽に往生すべきことわりは、他力の信心をえたるがゆゑなり。しかれども、この一流のうちにおいて、しかしかとその信心のすがたをもえたる人これなし。かくのごとくのやからは、いかでか報土の往生をばたやすくとぐべきや。一大事といふはこれなり。幸ひに五里・十里の遠路をしのぎ、この雪のうちに参詣のこころざしは、いかやうにこころえられたる心中ぞや。千万心もとなき次第なり。」

少し言葉が難しいかもしれませんが、何度も読み返していると、五〇〇年前の蓮如上人の熱い情熱が響いてきます。五里・十里という五〇キロ前後の道のりを深い雪の中、かき分けながら命がけで参詣してきた数え切れない人々に対して、ひと言も「よくお参りされました」というような褒める言葉も労う言葉もありません。「あなた方には、信心がない」とお諭しになり、「どうやってお浄土に生まれるおつもりか」と深い問題を誰もが抱えていることを一大事として投げかけておられます。

もし、蓮如上人が、個人的な我欲を満たすために、また、本願寺教団の勢力を拡大するために活動していたのであれば、自分のもとに群れをなして集まってくる人々に対して、労い、喜び、感謝するのではないでしょうか。しかし、人が多く集まり経済的に安定していくことは、本願寺教団の再生を目指していた蓮如上人にとって、何の喜びにもならなかったのです。それは、本願寺教団の再生は、真の仏法の再生なくしてはあり得なかったからでしょう。真の仏法の再生は、仏様の深い心とその言葉によって、自己中心の我欲を満たそうとする世俗の価値観が打ち破られ、如来のお慈悲によって生かされ、お慈悲によって人間境涯を安らかに終えてゆける、そんな本物の仏教徒の誕生以外にはありえません。

お金や地位や名誉、健康、家族、この世で私の都合に味方してくれるものは、必ず私を捨てていきます。この世のあらゆるものは無常です。私自身も、また無常なのです。本当に信じられるものは、どんなことがあっても私を捨てていかないものでしょう。それが何であるのかが説かれる場所がお寺であり、それを求め出遇い、本当の人生に目覚めていく人々が集う場所がお寺なのです。

十六人で大切にお勤めされる報恩講の姿は、改めて、お寺があることの大切な意味を教えていただいたお話でした。

(令和元年11月1日)

2019年11月1日

鐘の音

【住職の日記】

先日、御門徒のご法事の折、次のようなお話を聞かせていただきました。

 「昨年亡くなった私の母は、本当によくお寺様にお参りさせていただきました。御法座の日は、始まる一時間前にお寺から鐘の音が聞こえてきます。鐘の音が聞こえると、母は、いそいそとお寺参りの準備を始めていました。それは、母の母、私の祖母が、母に子どもの頃から教えていたことだったそうです。『お寺から聞こえる鐘の音は、お寺に参りなさいとの如来様からのお誘いですから、準備しなさい』と、祖母からいつも教えられていたことを、母から聞かされていました。母は、年老いても、祖母から教えられていたことを大切にしていたのです。」

 お寺には、鐘と呼ばれるものが、二つあります。集会鐘(しゅうえしょう)と喚鐘(かんしょう)です。集会鐘というのが、除夜の鐘でもお馴染みの、大きな釣り鐘のことです。通称、梵鐘ともいいます。喚鐘というのは、本堂の外廊下に吊るされている小さな釣り鐘のことです。これらの鐘は、多くの人々に、これからお寺でお経が響き、仏様のみ教えが説かれることを知らせるためにあるのです。まず、法要の始まる一時間前に大きな集会鐘が、ゆっくりと十回打ち鳴らされます。大きな集会鐘は、余韻を残しながら大きく長く響きます。風向きにもよりますが、正法寺の集会鐘は、半径約二キロメートル四方にわたり、響いているのではないでしょうか。これは、一時間後にお寺で法要が勤まり、温かい仏様のお心が、これから一人一人のために説かれることを知らせているのです。そして、法要の始まる直前に、本堂の脇に吊るされている小さな喚鐘が、打ち上げ打ち下ろしを含む独特の間で、激しく打ち鳴らされます。この鐘の音は、遠くまでは響きませんが、山門付近や台所など、お寺の中にいて、本堂にまだ座っていない人々に対して、いよいよこれから法要が始まることと、急いで本堂に座るよう、知らせる意味もあるのです。

最近、よく耳にするようになった話の中に、都会では、お寺の鐘が撞けなくなっているというものがあります。お寺の周りに住む人々が、お寺の鐘の音を騒音として聞いている現実があるからです。近年、人の心を安らげる音の中に、「f分の1の揺らぎ」という独特の揺らぎが含まれていることが明らかにされています。小川のせせらぎや小鳥のさえずりと共に、お寺の鐘の音の響きの中にも、それが含まれていることが証明されているそうです。本来、お寺の鐘の音は、人々の心に安らぎをもたらすものであり、心にストレスを与える騒音とは異なる響きなのです。にもかかわらず、それを騒音と受け止めてしまうのは、その人が、非常に貧しい心根をもっている現実を表しています。

音の響きというのは、聞く人の心によって様々に意味が異なってくるものです。お念仏を生涯、大変喜ばれた妙好人の浅原才市さんが残された詩の中に、お寺の鐘に関するこんな詩があります。

「わたしゃしやわせ よい耳もろた
ごんとなったる鐘の音
親のきたれのごさいそく
浄土へやろをの 親のさいそく」

如来様のみ言葉を、ありがたく、たのしく聞かせていただける心の耳を開いてもらった私は、本当に幸せ者だというのです。そして、ゴーンと響き渡るお寺の鐘の音を、「御法座が勤まるぞ、お寺に参って来いよ、お前をお浄土へ連れて帰る真実の親がいることに気づいてくれよ」と、私に呼びかけ勧めてくださる如来様のみ言葉として聞き喜んでおられるのです。

同じ鐘の音の中に、騒音を聞く人もいれば、如来様のみ言葉を聞く人もいます。これは、音を受け止める心に大きな違いがあるからでしょう。浅原才市さんが、「よい耳もろた」と喜んでおられるように、鐘の音の中に如来様のみ言葉を聞いていくような豊かな心は、自分が努力して作り出していけるものではありません。やはり、如来様から頂いていくものだと思います。仏様が教えてくださる大切な事柄を、いつも、人ごとではなく私のこととして真剣に求め聞いていく中に、いつの間にか、心の耳が育てられていくものなのでしょう。

考えてみると、本来、騒音でないものを騒音として聞いてしまう耳があるというのは、痛ましいことです。都会において、痛ましい人々が増えている中にあって、ほんの一昔前、正法寺の鐘の音の中に、如来様の御心を聞いていた人々が確かにおられたことは、大変ありがたいことです。お寺から聞こえる鐘の音も、一日の中で大切にさせていただきましょう。

(令和元年10月1日)

2019年10月1日

合掌・礼拝

【住職の日記】

先日、仏教壮年会の懇親会の席で、次のような思い出話を聞かせていただきました。

 「昔、私がまだ二十歳代の頃、正法寺の仏教青年会に入って、色んなご縁をいただきました。忘れられないのが、何か大きな法要がご本山であったときに、山口教区の仏教青年会で親鸞キャンペーンという活動に参加したことです。前住職や友達とスピーカーのついた車に乗って、山口県内をずっと回りました。親鸞様のことを多くの人に知ってもらおうという活動だったんですが、私達の車がゆっくりと走っていると、沿道に多くのおじいちゃんやおばあちゃんが出てこられて、私達の車に向かって合掌し礼拝をして、見送ってくださるのです。あんなに多くの人達が、自分たちに向かって合掌して礼拝くださる姿は、今でも忘れられません。」

ご本山本願寺では、令和五年に親鸞聖人ご誕生八五〇年と立教開宗八〇〇年のお慶びの大法要が計画されています。立教開宗というのは、浄土真宗というみ教えが開かれたことをいいます。おそらく、仏教壮年会の会員の方がお話しくださったご本山での大きな法要というのは、約四十五年前の親鸞聖人ご誕生八〇〇年と立教開宗七五〇年の法要のことかと思います。お話を聞かせていただいて、約四十五年前の御門徒の方々の尊いお姿に、頭が下がる思いがしたことでした。

合掌し礼拝するというのは、本来、敬いの心が姿勢として表われたものです。しかし、この敬う心というのが、今の時代、非常に分りにくくなったように思います。少し乱暴な言い方かもしれませんが、敬うとか尊ぶというのは、その対象に心を奪われ支配されると言い換えてもいいでしょう。仏様を敬う人というのは、仏様に心を奪われ、仏様に人生を支配されているような人です。それは、仏様の一つ一つの言葉に感動し、仏様が教える価値観に支配され、仏様がみそなわす世界を真実と仰いでいくような生き方が恵まれていくことです。

この敬う心を持つ生き方というのは、大変難しいことだと思います。人というのは、自分がこれまで経験してきた中で培われてきた価値観に支配され、自分が思う世界を正しいものとして生きるのが普通だからです。敬う心というのも、その普通の生き方の中で理解されていることが多いのです。例えば、京都などの観光寺院に参りますと、家内安全や商売繁盛などのお札が売られていることがあります。形として、仏様に向かい合掌し礼拝していても、家庭の平和やお金儲けを目的として礼拝しているなら、それは、仏様を敬っているのではありません。自分の家族さえ幸せであればよいことに価値を認め、自分にお金がより多く入ってくることに価値を認め、その実現のために仏様を利用しようとしているだけのことです。仏様ではなく、自分の都合を大切にしているだけです。形は敬うような姿をとっていても、自分の価値観の中で生きているだけならば、それは、仏様に見向きもしない人と何も違いはありません。合掌し礼拝する姿が尊いのは、その人が、自分の都合を捨てて、仏様の教えの言葉を敬い、仏様の心をその身に響かせているからです。

親鸞聖人のことを多くの人に知ってもらおうと、一生懸命、活動しようとしている若者に対して、合掌し礼拝しながら、その行動を尊び讃えるという姿に、浄土真宗門徒の仏教徒としての次元の深さを感じます。人は、普通、自分の都合に利益をもたらさないような人を褒めることはしません。自分の都合を満たす者を褒め、邪魔する者を貶すのが、自分の価値観に支配されている人の姿です。そこには、自分というものの殻に閉じ込められた貧しい世界しかありません。本当に素晴らしいものは、自分の価値観を超えたところにあるのではないでしょうか。自分の殻に収まりきれないようなものに触れていくとき、人は、本当に心を揺さぶられ、本当の喜びを経験していくのだと思います。
仏様を敬う生き方が恵まれている人には、本当の喜びに満ちた清らかな香りが漂うものです。その香りは、周りに仏縁を広げていきます。蓮如上人が、「一宗の繁昌と申すは、人のおほくあつまり、威のおほきなることにてはなく候ふ。一人なりとも、人の信をとるが、一宗の繁昌に候ふ。」とお示しされている通りです。お寺が繁盛するというのは、人とお金が集まることではありません。人の価値観を超えた仏様の言葉に生かされている本物の仏教徒が一人でも生まれることなのです。仏様を敬う日々を大切にさせていただきましょう

(令和元年9月1日)

2019年9月1日

『正信偈』のお勤め

【住職の日記】

先日、第五十九回目となる山口南組子ども一泊研修会が、山口市陶の円覚寺様で開催されました。山口南組は、防府市台道から山口市秋穂、鋳銭司、陶、小郡、嘉川までの旧吉敷郡の地域にある浄土真宗本願寺派の十四ヶ寺のお寺で構成される組織です。十四ヶ寺のお寺が一つにまとまり、組織的に浄土真宗のみ教えを広める活動をしています。その活動の一つが、五十九年も続いている子ども一泊研修会です。小学三年生から小学六年生までを対象に、毎年、会場を十四ヶ寺で持ち回り、一泊二日の日程で、勉強もあり、お楽しみもありの充実した研修会を計画しています。山口南組のどの地域も、子どもが減少していますが、それでも二十名の子ども達が集まってくれました。ちなみに、二十名中九名が、正法寺日曜学校から参加してくれた子ども達でした。若手僧侶が中心となり、ご法話を考え、ゲームを考え、子ども達に少しでも、お寺のことや仏様のことが心に残っていくよう、僧侶みんなで頭を悩ませています。

そんな中で、今回、ある若手僧侶の方が、子ども達にお話しされたことが、とても印象的だったので、ご紹介したいと思います。そこのお寺でも、正法寺と同じように、月一回、日曜学校を開催しているそうです。その日曜学校に幼稚園の頃から、毎月欠かさずに日曜学校に通ってくれている五年生の男の子がいるそうです。その男の子が、ある時、ニコニコしながら、こんなことを言いに来たというのです。

「先生、僕、病気かもしれん。学校の授業中も遊んでるときも、気づいたら、『きみょーむりょうーじゅにょーらいー』って口から出てくるんよ。」

それに対して、若手僧侶は、こう答えたそうです。

「それは、いい病気だから大丈夫。」

今回、その男の子自身も研修会に参加してくれていましたが、先生の話に顔を真っ赤にしながら、みんなと一緒に大笑いしている姿が、何とも微笑ましく、ありがたいご縁をいただいたことでした。

男の子が言った「きみょーむりょうーじゅにょーらいー」という言葉は、親鸞聖人が作られた『正信念仏偈』の一句目の言葉です。漢字で書くと「帰命無量寿如来」です。この『正信念仏偈』、略して『正信偈』は、浄土真宗の御門徒にとって、最も大切なお勤めです。六〇行一二〇句のわずかな偈文の中に、親鸞聖人の深遠な思想の全てが込められています。本願寺を代表する仏教学者の先生が、かつて、『正信偈』の一句をきちんと講義しようと思えば、七言一句の説明に三日以上の日数が必要だと言われていました。それほど、一句一句にものすごく深い意味が込められているものなのです。しかし、この『正信偈』は、本来、『教行信証』という親鸞聖人の難解な主著の中に記されているもので、学識のある一部の僧侶が目にするだけのものでした。それが、今から五〇〇年前、本願寺第八代御門主の蓮如上人が、この『正信偈』に節とメロディーをつけ、僧侶も御門徒も一緒に朝夕、お勤めできるようにされたのです。蓮如上人の御教化によって、浄土真宗のみ教えを喜ぶ人々が溢れていくようになりますが、その起爆剤の一つになったのが、『正信偈』のお勤めだと言われています。

考えてみますと、歌もそうですが、何十人、何百人の人が一緒に同じ言葉、同じメロディーを声を合わせて響かせることができるのは、数ある動物の中でも人間だけです。それは、人間だけが、同じ思い、同じ心を共有し、それを確認しあえるということではないでしょうか。

妙好人として有名な源左さんに、こんなエピソードがあります。朝、畑仕事に向かう道中、同じ村に嫁いできた他家のお嫁さんが、お仏壇の前で『正信偈』のお勤めを一人でしている声が聞こえてきたそうです。その声を聞いた源左さんは、思わず家の中に入り、一言「ここにも兄弟がおらんしたかいなぁ」と言われたそうです。阿弥陀如来という同じ親をいただき、同じお浄土に向かって歩んでくれる本当の仲間がここにもいたのか、そんな源左さんの喜びが伝わってくるエピソードです。

本来、仏縁をいただくというのは、楽しいことだと思います。たくさんの本当に心のつながった仲間に出遇えるからです。子どもも大人も、どんな立場の人も、どんな悩みを抱えている人も、同じお念仏を申し、同じ如来様に抱かれる本当の兄弟であることが確認できる世界が、『正信偈』のお勤めにはあるのでしょう。一人でも、そんな心から大切に思い合える、本当の兄弟が増えていくことを、お互いに願っていきたいですね。

(令和元年8月1日)

2019年8月1日