New 「お念仏を仰ぎ聞かせていただく毎日」

【住職の日記】

今年も、親鸞聖人の御正忌報恩講が、三日間にわたり、無事勤まりました。報恩講は、親鸞聖人の祥月命日に、聖人の御遺徳を偲び、そのご恩に報いるためにお勤めする、浄土真宗門徒にとって最も大切な御法要です。何が親鸞聖人のご恩に報いることになるのかといえば、それは、大変なご苦労の中で明らかにしてくださったお念仏のみ教えに、一人一人が出遇わせていただくことです。

今年の御正忌報恩講も、三日間で延べ300人~350人の方々がお参りくださいました。下は小学生から、上は九十歳代の方まで様々です。人の人生は、掛け替えのないものです。小学生には小学生の喜びと悲しみがあります。九十歳には九十歳の喜びと悲しみがあります。それぞれが、人には分らない、自分だけの生と死を抱えています。その千差万別の生と死を、同じように優しく包み込んでいく働きが、お念仏だと思います。たくさんの方々のご苦労の中で御正忌報恩講のご縁が整い、色んなものを抱える一人一人が、一同に本堂に集まり、同じお念仏に包まれていく姿は、浄土真宗門徒にとって、やはり最も大切にすべきものだと思います。

三日間の中では、朝から夜まで法座の席に着き、和やかにお聴聞くださった中学生の子どもや、お体の悪い中、杖をつきながらお参りくださるご年配の方など、正法寺門徒の有り難いお姿に、たくさん出遇わせていただきました。人が、仏様の言葉を聞く姿というのは、立場や年齢に関係なく本当に尊いものだと思います。人は、誰もが自分が中心です。自分の思いや価値観を主張することは、誰もがすることです。しかし、自分の思いや価値観と異なるものに耳を傾けるというのは、大変、難しいことだと思います。その難しいことをさせていただけている姿の上に、不思議な如来様の働きと、親鸞聖人のご苦労を偲ばせていただくのです。

親鸞聖人が歩まれたお念仏の道は、自分を空しくして、如来様を仰ぎ、そのお心を聞き続けられた道です。親鸞聖人のお念仏は、口に称えるという行為よりも、口に称えられたお念仏を、大切に耳に聞かせていただくところに重要な意味があります。お念仏は、その声を聞かせていただくことが大切なのです。南無阿弥陀仏を通して、何を聞かせていただくのか、それは、阿弥陀如来の温かい慈しみと深い悲しみです。お念仏を聞かせていただくことを通して、私と私以外の様々な命が、仏様から深く願われている掛け替えのない尊さをもっていることに目覚めていくのです。

親鸞聖人が最も大切にされた、この「聞く」ということについて、この度の報恩講で、改めてその意味を教えていただくことがありました。三日目の御満座でのことです。御講師の先生は、御法話の最後に必ず蓮如上人の『御文章』を拝読されます。『御文章』というのは、浄土真宗のみ教えを広く伝えられた蓮如上人の御法話が文字で表されたものです。浄土真宗本願寺派の御法話の作法として、最後に御講師も一緒に、蓮如上人の御法話をお聴聞して御法座を閉じるのです。御講師の先生が、御満座の最後に『御文章』を拝読されていた時でした。お耳の遠いご年配の参詣者の方が、頭を下げられたまま、御講師の先生と一緒に、『御文章』のお言葉を、声に出されたのです。これまで何度も何度も、その蓮如上人のお言葉を耳に聞き、味わってこられたのでしょう。思わず声に出されたご様子でした。ご本人自身も、声に出されたことを気付いておられないかも知れません。多くの参詣者の方々が、静かに頭を下げ御拝聴されている中、御講師の先生の声と一緒に聞こえてくる、その方の『御文章』の声は、大変ありがたい響きをもったものでした。

思わず声に出るというのは、その言葉が、その人の命を潤すものだからでしょう。言葉が、心を満たしていくのです。どれだけ耳の遠い人であっても、自分の声は聞こえます。全く聞こえない人であっても、声が言葉にならない人であっても、自分の心が語る声は聞こえるのです。阿弥陀如来様の温かい慈しみと深い悲しみが、南無阿弥陀仏の言葉になったということの意味は、ここにあると思います。阿弥陀如来様は、私の声になってくださったのです。何度も何度も私の声になり、最後には、私が思わず声に出し聞かずにはおれない、深い愛と慈しみを私の人生に満たしてくださるのでしょう。

親鸞聖人は、その厳しい九十年の御生涯を通じて、たとえ厳しい生涯であったとしても、私がそのままで尊いと輝いていくことのできる道を示してくださいました。本年も、お念仏を仰ぎ聞かせていただく毎日を大切にさせていただきましょう。

(令和2年2月1日)

2020年2月1日

「十方衆生」

【住職の日記】

令和になって初めてのお正月をお迎えしました。お互いに明日も知れない命を頂いています。今年も、大切にお念仏薫る日暮らしをさせていただきましょう。

さて、先日、『基礎からはじめる真宗講座』において、「十方衆生」というお経の言葉について、少しお話をさせていただく機会がありました。お話を準備させていただく中で、改めて、仏様の言葉の中に込められている命の深みについて、考えさせられたことでした。

「十方」というのは、東西南北の四方に東北・東南・西南・西北を加えた八方、そして、それに上方と下方を加えたものです。あらゆる空間の総称です。「衆生」というのは、あらゆる命あるもののことです。「十方衆生」というのは、あらゆる空間に存在するあらゆる命あるもののことをいいます。
この「十方」というあらゆる空間について、古代インドの仏教徒達は、現代の日本人には持ち得ない広大な世界観をもっていました。まだ天文学や宇宙物理学が発達していなかった古代のインド人達は、私達が認識しうる限りの世界を須弥山世界(しゅみせんせかい)と呼んでいました。詳しい説明は省略しますが、私達が世界として認識している太陽や星や月、雲や風、海や川、様々な動物や植物などは、須弥山という聖なる山を中心にして展開している世界と考えていたのです。そして、古代のインド人達は、須弥山世界は、一つではないと考えていました。つまり、自分達が認識しうる世界が、全てではないと考えていたのです。その世界観は、広大無辺なものです。須弥山世界が千個集まって構成される世界を小千世界といいます。その小千世界が千個集まって構成される世界を中千世界といいます。その中千世界が千個集まって構成される世界を大千世界といい、その世界は須弥山世界が千の三乗個集まったものですから、三千大千世界と呼んだのです。この「三千大千世界」という言葉は、年回忌のご法事で、住職とご一緒に拝読する『仏説阿弥陀経』の中に何度も出てくる言葉ですので、見覚えのある方も多いかと思います。そして、この三千大千世界が、お釈迦様のご教化の及ぶ範囲と考えられていました。しかし、この三千大千世界は、世界全体のほんの一部にしか過ぎません。十方というあらゆる空間には、この三千大千世界が無数に存在しているというのです。無数にある三千大千世界には、それぞれ、お釈迦様のような仏様が無数に存在し、それこそ無数に存在する生きとし生けるものを導いている、というのが、古代インドの仏教徒たちが持っていた世界観でした。ガリレオ・ガリレイが地動説を唱えたのは、西暦1600年代初頭です。そのはるか2000年も前に、古代インドの仏教徒達は、自分達の認識を遥かに超えた広大無辺な世界の中に、自分達がいることを感受していたのです。

阿弥陀如来が紡ぎだされた「十方衆生」という言葉には、私達の認識を遥かに超えた無数の命を深く慈しみ、悲しんでいく、広大無辺な心が込められています。広大無辺な世界を知り尽くすことができないように、その広大無辺な世界に存在するあらゆる命を願ってやまない広大無辺な心も私達には知り尽くすことはできません。しかし、知り尽くすことのできない世界や心に触れ得ることが幸せなことなのです。それは、頭が下がるものに出遇う幸せです。

想定外という言葉が、震災以降、日本社会で多く使われるようになりました。しかし、震災以前も、私達は、想定外の中に生きていたのです。それぞれ、自分の人生も想定外のことだらけです。想定内の中で生き死んでいく人はいません。みんな想定外の中を生き抜いているのではないでしょうか。仏様は、みんなが恐れている想定外の中に、尊いもの、人として触れていかなければならない大切なものがあることを教えてくださってあるのでしょう。想定外なものによって、私達は、願われ生かされているのです。

驚きのない毎日ほど、無感動で虚しいものはありません。お釈迦様に直接お会いした古代インドの仏教徒達は、その計り知れないお心とお姿に、これまで誰も経験したことのない強い衝撃と驚きを感じたに違いありません。その衝撃は、仏教という形で世界中に広がっていき、三千大千世界にまで及ぶと考えられたのです。人は、自分が正しいと思い込んでいく迷える凡夫です。ちっぽけで何も知らないにも関わらず、何もかも分かっている優れた存在と思い込んでいくのです。思い込みの中に沈む私達に、驚きと目覚めをもたらしていくのが、仏様の真理に基づいた言葉なのでしょう。

今年も、仏様の尊い言葉を大切に求めていく毎日を送らせていただきましょう。

(令和2年1月1日)

2020年1月1日

人は、本物に触れるとき、永い夢から目覚める

【住職の日記】

先日、ある御門徒の方から、念仏者であったお祖父様のお姿について、次のようなお話を聞かせて頂きました。

 「私の祖父は、本当に仏様中心の生活を送っていた人でした。家に帰ってきたときには、玄関でまずお仏壇の方に向かい手を合わせていました。家の廊下を歩いている時でも、お仏壇の脇を通るときには、必ずお仏壇の方に向かい手を合わせていました。外で仕事をするときも、度々、手を止めては手を合わせていました。私が、今、手を合わす身にさせていただいているのも、幼少期に心に焼き付いた祖父の姿があるからだと思います。」

本来、仏教徒というのは、仏様を最も価値あるものと認め、仏様を仰ぎながら日暮らしを送る人々のことをいいます。何に最高の価値を認めていくかによって、宗教の姿は変わっていきます。仏教徒といいながら、仏教徒の姿とはほど遠い姿の人々が多いのも現実です。しかし、これは、仏教徒に限ったことではないようです。先日、三八年ぶりにローマカトリック教会のフランシスコ教皇が来日されました。イエス・キリストの教えに裏打ちされた、その穏やかな言葉と振る舞いに、感銘を受けた方々も多いのではないでしょうか。しかし、世界人口の二割の人々が信者だとされるカトリック教会においても、キリスト教徒の本来の姿が崩れつつあることが、大きな問題になっているといいます。

本来の宗教性が、世界から消失していく現実は、世界が大きな病に罹っているようなものかもしれません。そもそも、本当の宗教性とは何かが、非常に分りにくくなっています。先日、あるテレビ番組で、宗教学者の先生が、宗教が世界の中で力を失っている理由を、スマートホンなどを媒体としたインターネットの普及にあると解説していました。つまり、現代は、人が孤独や不安を抱えても、ソーシャルネットワークで様々な人々と繋がることで孤独が解消され、インターネットで様々な情報を簡単に手に入れることで、不安を解消できる社会だというのです。その先生は、スマートホンが、宗教の代わりを果たすようになっていると説明しておられました。しかし、スマートホンで代わりが果たせるようなものは、本当の宗教ではないと思います。

正法寺にも何度か御講師として来られ、昨年一月に八十八歳で御往生された大阪大学名誉教授の大峯顕先生は、「人生いかに生き、いかに死ぬべきか」という問題に答えないのは本当の宗教とはいえないとおっしゃっています。「生きるも死ぬも宗教の教えによって一貫しております」と言える人が、本当の宗教をもっている人だといいます。多くの人は、病気のときや商売で困っているときは、神様や仏様にお願いはするけれども、それが元に戻れば、もう神様も仏様もいらない、という宗教の態度をもっているのではないでしょうか。それは、結局のところ、人間の願望や力を信じているだけです。自分の願望や力が満たされることが、人生の最高の幸せだと認めているのです。しかし、人生において、その最高の幸せは、必ず老・病・死によって無残に奪われていかなければなりません。無残に奪われていく中には、真の平和はありません。スマートホンを駆使することによって、老いることに平和でいられるでしょうか。インターネットの情報を駆使することによって、死ぬことに平和でいられるでしょうか。死んでいくときは、ソーシャルネットワークも、その孤独を癒やすことはできないでしょう。何が人間の本当の幸せであるのかは、人間には分らないことです。何も分らないまま生まれてきたのです。何も分らないまま死んでいくのでしょう。

人の欲望は、決して人を幸せにはしません。人の願いを叶えようと近づいてくるものは、仏様ではなく悪魔です。仏典の中でも、悪魔は優しい顔をしています。多くは、その悪魔にそそのかされ、本当の幸せを見失っていくのです。

しかし、この世界は、悪魔だけがいるのではありません。人生において大切にすべきことが何であるのかを、様々な姿で、私に教えてくださる仏様の化身のような働きがあります。仏様に手を合わせ、思いのままにならない厳しい人生を、平和に生き抜いた多くの尊い念仏者の方々も、そのお一人でしょう。

お釈迦様は、悟りを開かれたとき、目が覚めたと表現されました。人の願望や力を信じている人は、夢の中にいるようなものなのでしょう。人は、本物に触れるとき、永い夢から目覚めるのです。本物を遺してくださった多くの先人の方々に感謝しながら、大切に手を合わせる毎日を過ごさせていただきましょう。

(令和元年12月1日)

2019年12月1日

十六人で大切にお勤めされる報恩講

【住職の日記】

先日、浄土真宗本願寺派の布教使として、全国の様々なお寺に出講している友人から色んなお話を聞かせていただく機会がありました。同じ浄土真宗本願寺派のお寺でも、その姿は様々だといいます。その中で、御門徒わずか八軒で支える、ある過疎地域のお寺についてのお話が印象的でした。そのお寺では、御門徒八軒が協力し合い、報恩講を二日間にわたってお勤めされるそうです。参詣者は、必ず十六人だといいます。八軒の御門徒が、それぞれ必ずご夫婦でお参りされるからです。増えることも減ることもなく、二日間、十六人の参詣者のなかで、親鸞聖人の御遺徳を偲ぶ報恩講が、毎年、勤められているということでした。

最近、全国のお寺が消滅していくという話題をよく耳にします。急激な人口減少に伴い、過疎地のお寺が消滅していくのは、致し方のないことかもしれません。しかし、お寺にとって最も恐れなければならないのは、人が来なくなることではありません。たとえ、八軒の御門徒であっても、そこで本物のみ教えに出遇い、報謝の念仏が響くのであれば、立派なお寺としての存在意義があるのです。お寺は、世俗の価値観の中で営まれるビジネスではありません。この最も大切な点が、現在、社会的に非常に分りにくくなっていると思います。

本願寺中興の祖と讃えられる蓮如上人が書かれた『御文章』の中に「雪中章」と呼ばれているものがあります。この「雪中章」は、蓮如上人が没落していた本願寺の第八代目の御門主に就任し、約一〇年が経過した頃に書かれたものです。この時、没落していた本願寺教団は、蓮如上人の御教化によって、まさしく生まれ変わろうとしていた時期でした。北陸の吉崎という地に坊舎を構えた蓮如上人のもとに、数え切れない人々が、各地から群れをなして参詣に来るようになります。「雪中章」は、まさしく本願寺教団が、そのような上り調子のただ中にある時に書かれたものです。そこには、次のようにあります。

「加州・能登・越中、両三箇国のあひだより道俗・男女、群集をなして、この吉崎の山中に参詣せらるる面々の心中のとほり、いかがと心もとなく候ふ。そのゆゑは、まづ当流のおもむきは、このたび極楽に往生すべきことわりは、他力の信心をえたるがゆゑなり。しかれども、この一流のうちにおいて、しかしかとその信心のすがたをもえたる人これなし。かくのごとくのやからは、いかでか報土の往生をばたやすくとぐべきや。一大事といふはこれなり。幸ひに五里・十里の遠路をしのぎ、この雪のうちに参詣のこころざしは、いかやうにこころえられたる心中ぞや。千万心もとなき次第なり。」

少し言葉が難しいかもしれませんが、何度も読み返していると、五〇〇年前の蓮如上人の熱い情熱が響いてきます。五里・十里という五〇キロ前後の道のりを深い雪の中、かき分けながら命がけで参詣してきた数え切れない人々に対して、ひと言も「よくお参りされました」というような褒める言葉も労う言葉もありません。「あなた方には、信心がない」とお諭しになり、「どうやってお浄土に生まれるおつもりか」と深い問題を誰もが抱えていることを一大事として投げかけておられます。

もし、蓮如上人が、個人的な我欲を満たすために、また、本願寺教団の勢力を拡大するために活動していたのであれば、自分のもとに群れをなして集まってくる人々に対して、労い、喜び、感謝するのではないでしょうか。しかし、人が多く集まり経済的に安定していくことは、本願寺教団の再生を目指していた蓮如上人にとって、何の喜びにもならなかったのです。それは、本願寺教団の再生は、真の仏法の再生なくしてはあり得なかったからでしょう。真の仏法の再生は、仏様の深い心とその言葉によって、自己中心の我欲を満たそうとする世俗の価値観が打ち破られ、如来のお慈悲によって生かされ、お慈悲によって人間境涯を安らかに終えてゆける、そんな本物の仏教徒の誕生以外にはありえません。

お金や地位や名誉、健康、家族、この世で私の都合に味方してくれるものは、必ず私を捨てていきます。この世のあらゆるものは無常です。私自身も、また無常なのです。本当に信じられるものは、どんなことがあっても私を捨てていかないものでしょう。それが何であるのかが説かれる場所がお寺であり、それを求め出遇い、本当の人生に目覚めていく人々が集う場所がお寺なのです。

十六人で大切にお勤めされる報恩講の姿は、改めて、お寺があることの大切な意味を教えていただいたお話でした。

(令和元年11月1日)

2019年11月1日

鐘の音

【住職の日記】

先日、御門徒のご法事の折、次のようなお話を聞かせていただきました。

 「昨年亡くなった私の母は、本当によくお寺様にお参りさせていただきました。御法座の日は、始まる一時間前にお寺から鐘の音が聞こえてきます。鐘の音が聞こえると、母は、いそいそとお寺参りの準備を始めていました。それは、母の母、私の祖母が、母に子どもの頃から教えていたことだったそうです。『お寺から聞こえる鐘の音は、お寺に参りなさいとの如来様からのお誘いですから、準備しなさい』と、祖母からいつも教えられていたことを、母から聞かされていました。母は、年老いても、祖母から教えられていたことを大切にしていたのです。」

 お寺には、鐘と呼ばれるものが、二つあります。集会鐘(しゅうえしょう)と喚鐘(かんしょう)です。集会鐘というのが、除夜の鐘でもお馴染みの、大きな釣り鐘のことです。通称、梵鐘ともいいます。喚鐘というのは、本堂の外廊下に吊るされている小さな釣り鐘のことです。これらの鐘は、多くの人々に、これからお寺でお経が響き、仏様のみ教えが説かれることを知らせるためにあるのです。まず、法要の始まる一時間前に大きな集会鐘が、ゆっくりと十回打ち鳴らされます。大きな集会鐘は、余韻を残しながら大きく長く響きます。風向きにもよりますが、正法寺の集会鐘は、半径約二キロメートル四方にわたり、響いているのではないでしょうか。これは、一時間後にお寺で法要が勤まり、温かい仏様のお心が、これから一人一人のために説かれることを知らせているのです。そして、法要の始まる直前に、本堂の脇に吊るされている小さな喚鐘が、打ち上げ打ち下ろしを含む独特の間で、激しく打ち鳴らされます。この鐘の音は、遠くまでは響きませんが、山門付近や台所など、お寺の中にいて、本堂にまだ座っていない人々に対して、いよいよこれから法要が始まることと、急いで本堂に座るよう、知らせる意味もあるのです。

最近、よく耳にするようになった話の中に、都会では、お寺の鐘が撞けなくなっているというものがあります。お寺の周りに住む人々が、お寺の鐘の音を騒音として聞いている現実があるからです。近年、人の心を安らげる音の中に、「f分の1の揺らぎ」という独特の揺らぎが含まれていることが明らかにされています。小川のせせらぎや小鳥のさえずりと共に、お寺の鐘の音の響きの中にも、それが含まれていることが証明されているそうです。本来、お寺の鐘の音は、人々の心に安らぎをもたらすものであり、心にストレスを与える騒音とは異なる響きなのです。にもかかわらず、それを騒音と受け止めてしまうのは、その人が、非常に貧しい心根をもっている現実を表しています。

音の響きというのは、聞く人の心によって様々に意味が異なってくるものです。お念仏を生涯、大変喜ばれた妙好人の浅原才市さんが残された詩の中に、お寺の鐘に関するこんな詩があります。

「わたしゃしやわせ よい耳もろた
ごんとなったる鐘の音
親のきたれのごさいそく
浄土へやろをの 親のさいそく」

如来様のみ言葉を、ありがたく、たのしく聞かせていただける心の耳を開いてもらった私は、本当に幸せ者だというのです。そして、ゴーンと響き渡るお寺の鐘の音を、「御法座が勤まるぞ、お寺に参って来いよ、お前をお浄土へ連れて帰る真実の親がいることに気づいてくれよ」と、私に呼びかけ勧めてくださる如来様のみ言葉として聞き喜んでおられるのです。

同じ鐘の音の中に、騒音を聞く人もいれば、如来様のみ言葉を聞く人もいます。これは、音を受け止める心に大きな違いがあるからでしょう。浅原才市さんが、「よい耳もろた」と喜んでおられるように、鐘の音の中に如来様のみ言葉を聞いていくような豊かな心は、自分が努力して作り出していけるものではありません。やはり、如来様から頂いていくものだと思います。仏様が教えてくださる大切な事柄を、いつも、人ごとではなく私のこととして真剣に求め聞いていく中に、いつの間にか、心の耳が育てられていくものなのでしょう。

考えてみると、本来、騒音でないものを騒音として聞いてしまう耳があるというのは、痛ましいことです。都会において、痛ましい人々が増えている中にあって、ほんの一昔前、正法寺の鐘の音の中に、如来様の御心を聞いていた人々が確かにおられたことは、大変ありがたいことです。お寺から聞こえる鐘の音も、一日の中で大切にさせていただきましょう。

(令和元年10月1日)

2019年10月1日

合掌・礼拝

【住職の日記】

先日、仏教壮年会の懇親会の席で、次のような思い出話を聞かせていただきました。

 「昔、私がまだ二十歳代の頃、正法寺の仏教青年会に入って、色んなご縁をいただきました。忘れられないのが、何か大きな法要がご本山であったときに、山口教区の仏教青年会で親鸞キャンペーンという活動に参加したことです。前住職や友達とスピーカーのついた車に乗って、山口県内をずっと回りました。親鸞様のことを多くの人に知ってもらおうという活動だったんですが、私達の車がゆっくりと走っていると、沿道に多くのおじいちゃんやおばあちゃんが出てこられて、私達の車に向かって合掌し礼拝をして、見送ってくださるのです。あんなに多くの人達が、自分たちに向かって合掌して礼拝くださる姿は、今でも忘れられません。」

ご本山本願寺では、令和五年に親鸞聖人ご誕生八五〇年と立教開宗八〇〇年のお慶びの大法要が計画されています。立教開宗というのは、浄土真宗というみ教えが開かれたことをいいます。おそらく、仏教壮年会の会員の方がお話しくださったご本山での大きな法要というのは、約四十五年前の親鸞聖人ご誕生八〇〇年と立教開宗七五〇年の法要のことかと思います。お話を聞かせていただいて、約四十五年前の御門徒の方々の尊いお姿に、頭が下がる思いがしたことでした。

合掌し礼拝するというのは、本来、敬いの心が姿勢として表われたものです。しかし、この敬う心というのが、今の時代、非常に分りにくくなったように思います。少し乱暴な言い方かもしれませんが、敬うとか尊ぶというのは、その対象に心を奪われ支配されると言い換えてもいいでしょう。仏様を敬う人というのは、仏様に心を奪われ、仏様に人生を支配されているような人です。それは、仏様の一つ一つの言葉に感動し、仏様が教える価値観に支配され、仏様がみそなわす世界を真実と仰いでいくような生き方が恵まれていくことです。

この敬う心を持つ生き方というのは、大変難しいことだと思います。人というのは、自分がこれまで経験してきた中で培われてきた価値観に支配され、自分が思う世界を正しいものとして生きるのが普通だからです。敬う心というのも、その普通の生き方の中で理解されていることが多いのです。例えば、京都などの観光寺院に参りますと、家内安全や商売繁盛などのお札が売られていることがあります。形として、仏様に向かい合掌し礼拝していても、家庭の平和やお金儲けを目的として礼拝しているなら、それは、仏様を敬っているのではありません。自分の家族さえ幸せであればよいことに価値を認め、自分にお金がより多く入ってくることに価値を認め、その実現のために仏様を利用しようとしているだけのことです。仏様ではなく、自分の都合を大切にしているだけです。形は敬うような姿をとっていても、自分の価値観の中で生きているだけならば、それは、仏様に見向きもしない人と何も違いはありません。合掌し礼拝する姿が尊いのは、その人が、自分の都合を捨てて、仏様の教えの言葉を敬い、仏様の心をその身に響かせているからです。

親鸞聖人のことを多くの人に知ってもらおうと、一生懸命、活動しようとしている若者に対して、合掌し礼拝しながら、その行動を尊び讃えるという姿に、浄土真宗門徒の仏教徒としての次元の深さを感じます。人は、普通、自分の都合に利益をもたらさないような人を褒めることはしません。自分の都合を満たす者を褒め、邪魔する者を貶すのが、自分の価値観に支配されている人の姿です。そこには、自分というものの殻に閉じ込められた貧しい世界しかありません。本当に素晴らしいものは、自分の価値観を超えたところにあるのではないでしょうか。自分の殻に収まりきれないようなものに触れていくとき、人は、本当に心を揺さぶられ、本当の喜びを経験していくのだと思います。
仏様を敬う生き方が恵まれている人には、本当の喜びに満ちた清らかな香りが漂うものです。その香りは、周りに仏縁を広げていきます。蓮如上人が、「一宗の繁昌と申すは、人のおほくあつまり、威のおほきなることにてはなく候ふ。一人なりとも、人の信をとるが、一宗の繁昌に候ふ。」とお示しされている通りです。お寺が繁盛するというのは、人とお金が集まることではありません。人の価値観を超えた仏様の言葉に生かされている本物の仏教徒が一人でも生まれることなのです。仏様を敬う日々を大切にさせていただきましょう

(令和元年9月1日)

2019年9月1日

『正信偈』のお勤め

【住職の日記】

先日、第五十九回目となる山口南組子ども一泊研修会が、山口市陶の円覚寺様で開催されました。山口南組は、防府市台道から山口市秋穂、鋳銭司、陶、小郡、嘉川までの旧吉敷郡の地域にある浄土真宗本願寺派の十四ヶ寺のお寺で構成される組織です。十四ヶ寺のお寺が一つにまとまり、組織的に浄土真宗のみ教えを広める活動をしています。その活動の一つが、五十九年も続いている子ども一泊研修会です。小学三年生から小学六年生までを対象に、毎年、会場を十四ヶ寺で持ち回り、一泊二日の日程で、勉強もあり、お楽しみもありの充実した研修会を計画しています。山口南組のどの地域も、子どもが減少していますが、それでも二十名の子ども達が集まってくれました。ちなみに、二十名中九名が、正法寺日曜学校から参加してくれた子ども達でした。若手僧侶が中心となり、ご法話を考え、ゲームを考え、子ども達に少しでも、お寺のことや仏様のことが心に残っていくよう、僧侶みんなで頭を悩ませています。

そんな中で、今回、ある若手僧侶の方が、子ども達にお話しされたことが、とても印象的だったので、ご紹介したいと思います。そこのお寺でも、正法寺と同じように、月一回、日曜学校を開催しているそうです。その日曜学校に幼稚園の頃から、毎月欠かさずに日曜学校に通ってくれている五年生の男の子がいるそうです。その男の子が、ある時、ニコニコしながら、こんなことを言いに来たというのです。

「先生、僕、病気かもしれん。学校の授業中も遊んでるときも、気づいたら、『きみょーむりょうーじゅにょーらいー』って口から出てくるんよ。」

それに対して、若手僧侶は、こう答えたそうです。

「それは、いい病気だから大丈夫。」

今回、その男の子自身も研修会に参加してくれていましたが、先生の話に顔を真っ赤にしながら、みんなと一緒に大笑いしている姿が、何とも微笑ましく、ありがたいご縁をいただいたことでした。

男の子が言った「きみょーむりょうーじゅにょーらいー」という言葉は、親鸞聖人が作られた『正信念仏偈』の一句目の言葉です。漢字で書くと「帰命無量寿如来」です。この『正信念仏偈』、略して『正信偈』は、浄土真宗の御門徒にとって、最も大切なお勤めです。六〇行一二〇句のわずかな偈文の中に、親鸞聖人の深遠な思想の全てが込められています。本願寺を代表する仏教学者の先生が、かつて、『正信偈』の一句をきちんと講義しようと思えば、七言一句の説明に三日以上の日数が必要だと言われていました。それほど、一句一句にものすごく深い意味が込められているものなのです。しかし、この『正信偈』は、本来、『教行信証』という親鸞聖人の難解な主著の中に記されているもので、学識のある一部の僧侶が目にするだけのものでした。それが、今から五〇〇年前、本願寺第八代御門主の蓮如上人が、この『正信偈』に節とメロディーをつけ、僧侶も御門徒も一緒に朝夕、お勤めできるようにされたのです。蓮如上人の御教化によって、浄土真宗のみ教えを喜ぶ人々が溢れていくようになりますが、その起爆剤の一つになったのが、『正信偈』のお勤めだと言われています。

考えてみますと、歌もそうですが、何十人、何百人の人が一緒に同じ言葉、同じメロディーを声を合わせて響かせることができるのは、数ある動物の中でも人間だけです。それは、人間だけが、同じ思い、同じ心を共有し、それを確認しあえるということではないでしょうか。

妙好人として有名な源左さんに、こんなエピソードがあります。朝、畑仕事に向かう道中、同じ村に嫁いできた他家のお嫁さんが、お仏壇の前で『正信偈』のお勤めを一人でしている声が聞こえてきたそうです。その声を聞いた源左さんは、思わず家の中に入り、一言「ここにも兄弟がおらんしたかいなぁ」と言われたそうです。阿弥陀如来という同じ親をいただき、同じお浄土に向かって歩んでくれる本当の仲間がここにもいたのか、そんな源左さんの喜びが伝わってくるエピソードです。

本来、仏縁をいただくというのは、楽しいことだと思います。たくさんの本当に心のつながった仲間に出遇えるからです。子どもも大人も、どんな立場の人も、どんな悩みを抱えている人も、同じお念仏を申し、同じ如来様に抱かれる本当の兄弟であることが確認できる世界が、『正信偈』のお勤めにはあるのでしょう。一人でも、そんな心から大切に思い合える、本当の兄弟が増えていくことを、お互いに願っていきたいですね。

(令和元年8月1日)

2019年8月1日

「無明の闇」

【住職の日記】

先日、保育園関係のある研修会で、三年前の2016年に相模原市で起きた、障害者施設殺傷事件についてのお話を聞かせていただきました。

この事件は、まだ記憶にも新しいと思いますが、2016年7月26日に知的障害者施設である津久井やまゆり園に元施設職員の男が侵入し、所持していた刃物で入所者十九人を刺殺し、職員・入所者合わせ二十六人に重軽傷を負わせた大量殺人事件です。戦後の日本の殺人事件としては、最も被害者が多い、戦後最悪の殺人事件として日本中に衝撃を与えました。

この事件を起こした犯人は、植松聖という二十六歳の男です。事件から三年が経過した今、初公判が令和二年と決定しているだけで、まだ、事件の真相は何も明らかになっていません。この犯人と面会をし、実際に言葉を交わしたという方が、この度の研修会のご講師でした。東八幡キリスト教会の牧師さんである奥田知志先生です。奥田先生は、事件以来、植松被告と文通を続けてきた新聞記者の方から依頼をされ、その新聞記者の方と一緒に面会に立ち会ったということでした。

犯人の第一印象は、とても礼儀正しく、言葉遣いや所作などから、とても良い育ちをしているというものだったそうです。しかし、言葉を交わす中で、植松被告の命に対する非常に偏った主義主張が、重く響いてきたといいます。

植松被告の残虐な犯行は、いわゆる無差別殺人ではありませんでした。人を選んで殺害したのです。施設に押し入ったとき、会う人会う人に対して、名前と住所と年齢を尋ねていったそうです。そして、それに答えられなかった障害者の方々を、次々と刺殺していったといいます。植松被告は、その理由を「役に立たない人間だから」と平然と答え、自分の行いは、社会の役に立つ良い行いだと信じて疑わない様子だったといいます。奥田先生は、植松被告に尋ねます。「あなたは、事件を起こす前、役に立つ人間だったのですか?」この質問に、しばらく無言になった植松被告は、呟くように答えたそうです。「私は、役に立つ人間ではありませんでした。」この犯人の答えに、奥田先生は、胸が締め付けられるような思いを持ったといいます。奥田先生は、この犯人との対話を通し、キリスト教の立場から、命が大事という大前提が、失われていく時代の不気味さを語っておられました。それは、人は、生きているという一点において、平等に尊いという価値観が世界から失われていく不気味さです。

奥田先生は、キリスト教の立場から語られましたが、その内容は、仏教で説く真理と全く共通するものだと思います。仏教で説く煩悩の根源は、自分の都合を中心にして、あらゆるものを分け隔てて捉えていく無明というものです。無明というのは、明るさが無いという言葉通り、物の本当の本質が隠されて見ることが出来ない状態をいいます。

私たちは、命が尊いということを、本当に実感として味わえているでしょうか。実際に、私たちも、あらゆる命の中に、役に立つものと役に立たないものを平然と認めているのではないでしょうか。昔から日本人のお腹を満たしてきたウナギが、近年、激減しています。今、日本中でウナギの命を大切に保護する活動が活発に起こっています。しかし、一方で、農作物にとって害を及ぼすアブラムシが減ってきていることを聞いても、保護する活動など起こりません。むしろ、減ったことを喜んでいるのではないでしょうか。もし、ウナギが、人の食料にならない命なら、これだけ数が減っていることがニュースになるでしょうか。人同士でも、同じことがいえます。社会に貢献している人間が大切にされ、そうでない人間は、生きている意味が見いだせない状況があるのではないでしょうか。

役に立たない命も、同じように大切な意味を持っていることは、本当の宗教を持たない限り、味わうことの出来ない世界なのでしょう。阿弥陀如来の願いは、十方衆生にかけられた願いです。十方衆生とは、あらゆる全ての命です。ウナギもアブラムシも役に立たない人間も役に立つ人間も、老いも若きも男性も女性も、全てのあらゆる命は、如来様に慈しまれ愛されていない命はありません。どんな命も、生きていることが、そのまま愛されていることなのです。

無明の闇に飲み込まれ、命の本質を見失い、残虐な行いを正義の名の下に簡単になしてしまう、そんな不気味さを誰もが抱えていることを忘れてはなりません。そんな私だからこそ、如来様は、見捨てておけないとお念仏に成ってくださったのです。お念仏を申す中に、如来様のお心を、大切に頂いていきましょう。

(令和元年7月1日)

2019年7月1日

「拠り所」

【住職の日記】

先日、ある御門徒のご法事でのことです。お斉を囲む席で、住職の隣に座られた方が、山口県内の浄土真宗本願寺派のあるお寺の世話人を務めておられる方でした。世話人を務める中で、普段、色々と疑問に思うことや、所属寺を護持することの難しさなど、実に様々な悩みや疑問を正直にお話くださいました。その中で、次のような会話がありました。

男性 御門徒方のお寺に対する意識も、これまでとは、ずいぶん変わってきています。お寺の御住職も、経営セミナーのような研修会があればいいと思いますが、いかがですか?」
住職 「そうですね、、、お寺というのは、組織や建物だけが立派になっても意味がないと思うんです。そこで仏様のみ教えが響き、その響きを聞いて喜ぶ人々が集う場所にならないとお寺とは言えません。お寺を護持する目的は、そこで仏様の教えを聞き、その教えを守るためなんですよ。」
男性 「なるほどねぇ。建物や組織は、後からついてくるものということでしょうか。」
住職 「私が住職を務めている正法寺も、昭和三十一年に本堂をはじめ、山門以外のすべてが火災で焼失しました。しかし、その後、わずか四年で本堂が再建されたんです。戦後十年しか経っていない時代です。火災保険もありませんし、御門徒方も貧しかったと思います。それでも、本堂が再び建てられたのは、仏様の教えを喜び求める人達がたくさんおられたからだと思います。」
その時、この会話を横で聞いておられた若い女性の方が、次のようなことをおっしゃいました。
女性 「昔のおじいちゃんやおばあちゃんにとっては、お寺が唯一の拠り所だったんじゃないですか?私の拠り所は、スマホですけど、、、」

若い世代の一般的な感覚を突きつけられた気がいたしました。それは、現代においては、お寺よりも、もっとはっきりとした拠り所になり得る新しいものが溢れているという感覚でしょうか。若い世代の方から、「拠り所」という言葉を聞かせていただいて、改めて仏教を聞くことの意義について、色々と考えさせられたことでした。
お悟りを開かれたお釈迦様によって、万人に向け、仏の真理が公開されてから、約二五〇〇年が経ちます。二五〇〇年という年月は、ものすごいものだと思います。一人の男性が、インドという国でお話された内容が、二五〇〇年間という果てしない年月の中で、一度も忘れられることなく、世界中に伝え残され続けてきたということです。はたして、現代において、世界中の多くの人々の必需品となっているスマートホンは、二五〇〇年後も、同じように残されているでしょうか?おそらく、さらに技術が進歩し、二五〇〇年後どころか、五〇年後には、別のものに取って代わられているような気がいたします。
仏教の伝道の歴史は、文字通り命がけのものでした。三蔵法師と尊称される中国の偉大な翻訳家達が、インドに渡り経典を中国まで持ち帰ることができたのは、ほんの一握りの人々だったと言われています。ほとんどの人が、タクラマカン砂漠で息絶えていったのです。日本の高僧方もそうです。木造の粗末な船に乗って、中国から日本へ経典を持ち帰るのも命がけです。ほとんどの船が途中で沈没し、帰ってこなかったそうですし、帰ってきた船でも、沈みそうになったとき、船を少しでも軽くするために、経典ではなく、人が海に飛び込み命を投げ出していったのです。その他にも、命がけで教えを聞き、守ってきたエピソードは、仏教の中に無数に伝えられています。
本当に命の拠り所になり得るものは、私の命をかけることのできるものだと思います。また、本当の拠り所は、無常の世の中にあっても、決して変わらないものでなければなりません。私と一緒に変質していくものは、所詮、気休め程度にしかならない偽物でしょう。スマホを守るために、誰が命をかけることができるでしょうか?壊れても無くしても、その人は、適当に生きて死んでいくのではないでしょうか。
「拠り所」とは、私の都合を満たすものではありません。私の都合を満たすものは、同時に、私を裏切るものでもあるのです。個人の都合を超え、生き死んでいく私の迷いを断ち切り、合掌せずにはおれない命の輝きに目覚めさせてくれるものが、本当の拠り所といえるものでしょう。本当の拠り所になり得るみ教えが、今ここにいる私に、不思議にも届けられてある尊さを大切にさせていただきましょう。

(令和元年6月1日)

2019年6月1日

「心外無別法」

【住職の日記】
今月から令和元年となり、新しい時代が幕を開けました。新しい時代を迎えることに明るい喜びを感じる反面、平成の時代が終わる寂しさも感じます。

これから、どんな時代になっていくのでしょうか。仏教の言葉の中に「心外無別法」というものがあります。「心の外に別の法はない」という意味です。法というのは、真理、本当の姿という意味でしょうか。心の働きが、あらゆる世界を作り出していく現実を教えている言葉です。

学生時代、大学の先生が、「人間は、頭が良いことよりも、心が豊かな方が人間としての価値があるのです」と何気なくおっしゃった光景が、今も記憶の中にはっきりと刻まれています。二十代前半の頃、受験勉強を終え、頭が良いことが、人として価値のあることと思い込んでいました。それだけに、その時の先生の言葉が、とても新鮮に感じられたのです。仏教というものを、時間をかけて学ばせてもらう中で、今では、そのことを、はっきりと頷ける自分に育てていただいたような気がしています。

仏様が、「心外無別法」と教えてくださっているように、一人ひとりの心の在り方、感受性が、一人ひとりの生きて死んでいく人生の風景を作り出していくように思います。それは、たとえ、元号が新しく変わっても、心が変わらない限り、本当の意味で、新しい世界は訪れないということを意味しているのです。

この心というものについて、親鸞聖人は、大変奥深い考察をされています。『歎異抄(たんにしょう)』という書物の中に、親鸞聖人と弟子の唯円房との次のようなやりとりが記録されています。現代語に意訳してご紹介します。

親鸞聖人
「唯円房は、私の言うことを信じるか?」

唯円房
「はい、信じております。」

親鸞聖人
「それでは、私の言うことなら、何でも背くことなく、言うとおりに行えるか?」

唯円房
「はい、何でもおっしゃるとおりにいたします。」

親鸞聖人
「まず、人を千人殺してくれないか。そうすれば、お前の往生は、確かなものになるだろう。」

唯円房
 「聖人の仰せではありますが、私のような者には、千人どころか、一人の人間も殺すことなどできません。」

親鸞聖人
「それでは、どうして、この親鸞の言うことに背かないなどと言ったのか?」

唯円房
「・・・・・」

親鸞聖人
「これでわかるであろう。どんなことでも自分の思い通りになるのなら、浄土に往生するために千人の人を殺せと私が言った時には、すぐに殺すことができるはずだ。けれども、思い通りに殺すことのできる縁がないから、一人も殺さないだけなのである。自分の心が善いから殺さないわけではない。また、殺すつもりがなくても、百人あるいは千人の人を殺すこともあるであろう。」

人は、生老病死の中で、自分の体を自分の思い通りにできないように、心も自分の思い通りにはできません。どれだけ、心を自分の力で磨いたとしても、鍛えた体も必ず老い病んでいくように、心もまた無常なのです。しかも、心は、ただ老いていくだけではありません。どんな姿に変わっていくか分からないのです。自分で制御しきれないところに、心の正体があることを知っておく必要があるでしょう。

親鸞聖人は、私達の心の正体を考察する中で、仏教においては、信心を頂くことが何よりも大切であることをお示しです。信心というのは、親鸞聖人においては、私の心ではありません。仏様の心のことです。信心を頂くというのは、仏様の心を頂くということです。私自身では制御仕切れず、苦しみや虚しさの溢れる世界を作り出していく私の心を、仏様が制御してくださるのです。仏様の心を頂いていくためには、人の心が紡ぎ出した言葉ではなく、仏様の心が紡ぎ出した言葉を聞いていかなければなりません。清らかな言葉が、私の心に清らかな変化をもたらしていくのです。

令和に至るまで、二四七の元号の時代が過ぎてきました。その間、人の心が、お浄土を作り出したことはありません。人の心の中に染み入る仏様の心を頂くとき、初めて人は、迷い惑う自分から解放されていくのでしょう。大切に仏様のお心を頂いていきましょう。

(令和元年5月1日)

2019年5月1日